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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)122号 判決

控訴人 住田一義

右訴訟代理人弁護士 原田武彦

被控訴人 加藤あさ子

被控訴人 名港工業合資会社

右代表者無限責任社員 加藤あさ子

被控訴人 東海工機有限会社

右代表者清算人 奥村衛

右三名訴訟代理人弁護士 野村均一

同 大和田安春

同 近藤光玉

被控訴人 株式会社近畿相互銀行

右代表者代表取締役 菊久池博

同 大門正喜

〈ほか二名〉

右訴訟代理人弁護士 松永二夫

同 宅島康二

被控訴人 吉田令子

右訴訟代理人弁護士 三宅厚三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、

一、原判決を取り消す。

二、(1) 被控訴人加藤あさ子は、控訴人に対して原判決別紙物件目録記載の不動産につき名古屋法務局古沢出張所昭和三六年三月一日受付第五三七八号同年二月二三日売買一方の予約を原因とする所有権移転仮登記に基づき昭和三九年一〇月六日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(2) 被控訴人株式会社近畿相互銀行は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の不動産につき前記古沢出張所昭和三八年二月一五日受付第四五三九号の昭和三七年八月二日相互銀行取引契約を原因とする抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(3) 被控訴人吉田令子は、控訴人に対し原判決別紙物件目録記載の不動産につき前記古沢出張所昭和四〇年一〇月二七日受付第三二六四九号の同年同月二三日金融取引契約を原因とする抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(4) 被控訴人吉田令子は、控訴人に対し、前記古沢出張所昭和四〇年一一月一六日受付第三五〇一八号の同年同月一五日金銭消費貸借を原因とする抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(5) 被控訴人株式会社近畿相互銀行、同吉田令子は控訴人が(1)記載の所有権移転登記手続をなすことに同意せよ。

(6) 被控訴人加藤あさ子、同東海工機有限会社、同名港工業合資会社は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の家屋を明渡せ。

(7) 被控訴人加藤あさ子、同東海工機有限会社、同名港工業合資会社は、連帯して本訴状送達の日の翌日より右家屋明渡済に至るまで一ヶ月金一〇万円の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決並びに二の(6)および(7)について仮執行の宣言を求めた。

被控訴人らは、いずれも主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の提出、援用、認否は左記のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

≪証拠関係省略≫

(控訴代理人の主張)

一、控訴人が被控訴人加藤あさ子に対して求める所有権移転登記手続請求の理由は、請求原因第五項記載の昭和三九年九月二六日付内容証明郵便による貸金一一五九万円を同年一〇月五日迄に支払うよう催告し、右期日に支払いがないときは右貸金額で売買完結をするとの意思表示がなされたことを原因とするものである。従って、昭和三九年一〇月五日の時点で控訴人の被控訴人加藤あさ子に対する右貸金債権は売買完結により消滅し、本件不動産の所有権を取得し売買完結を原因とする所有権移転登記手続請求権が残ることとなる。

なお、控訴人は、右売買予約完結権行使当時合計一、一五九万円の貸金債権を有し、当時の本件不動産の時価は右貸金額相当の価格であった。

二、しかして、本件不動産に対する被控訴人近畿相互銀行の行なった抵当権に基づく競売申立事件(名古屋地方裁判所昭和四二年(ケ)第一五七号)は昭和四二年になってからであり、最高裁の判例の趣旨も競売手続が開始された後において、仮登記の権利の行使をすることは許されないが、右以前になされた本件の如き売買完結済のものまでこれが権利の行使を許さないというのではない。そうでないと、昭和三九年一〇月五日に既に売買完結により控訴人の貸金債権は消滅しているのでこれを復活して競売手続に参加するに由がないからである。

三、原判決は、控訴人の貸金債権金五〇万円について、本件不動産に対する売買一方の予約を締結し、その旨の仮登記を経由したことは認めるものの、その売買代金額が時価に変更されたこと、控訴人が一定の期間を定めて催告し、その期間内に貸金債権を支払わないときは、売買予約完結権が行使できる旨の約定をなされたことを否定する。しかしながら、甲第一号証の一ないし四四、第三号証の一、二、第一二号証その他の甲号証の存在により、控訴人が売買完結権行使のときである昭和三九年一〇月五日当時合計金一、一五九万円の貸金債権の存在と当時の本件不動産の時価が右貸金額相当の価格であったことは明らかであって、原判決のこの点についての理由は承服できない。

四、次に、原判決は、法定手続である競売手続が開始された以上、特段の事情のない限りその開始された競売手続に参加して被担保債権の弁済を受くべきであり、もはや債務者に対し本登記を求め、かつ不動産登記法一〇五条の適用を主張することが許されないとしている。しかしながら、この判断は最高裁判所昭和四六年八月一三日(六月一八日の誤記と認められる)第二小法廷判決(昭和四四年(オ)第四三一号事件)の趣旨と矛盾する。控訴人の場合、原判決が肯認した金五〇万円の売買一方の予約の効力が後順位権利者に優先的かつ絶約的効力あるものと信じ、債務者もまたこれを確信したればこそ甲第一号証の一ないし四四の如き多額の追加貸金を行なったものであり、仮に追加の貸金について後順位権利者から否定されることが明らかな場合には、このような多額、かつ多数回の追貸は絶対になされる筈がない特別の事情にあり、本件不動産の時価相当額まで順次追貸がなされたのは、売買完結権の行使によりその回収の実が挙げ得ることを確信したからであることは明白である。更に、原判決がいう如き金五〇万円の優先弁済を競売手続により満足できるから本登記請求権および承諾請求権がないとの判断は、甲第一号証の一ないし四四の存在する特別の事情を無視したものといわなければならない。しかして、本件不動産の時価が前記売買完結権行使の当時、次順位者に対する弁済の余地なき価格であった以上、本登記の請求を拒否できないものといわなければならない。

五、仮に、本件仮登記の原因たる売買一方の予約の内容が金五〇万円であると仮定しても、控訴人は昭和四九年二月二一日の本件口頭弁論期日において売買を完結する旨の意思表示をした。しかして、いわゆる清算型の代物弁済予約に過ぎず、変型担保であるかどうかである控訴人の場合には、継続的に追貸を続け、本件不動産の時価が総貸金額と対等額になるまで貸与していた特別の事情にあり、かかる場合において変型担保の論法に従えば右総貸金額をまず弁済して清算し、その残額があれば返還すべきであり、控訴人には右残額の立証責任はない。従って、裁判所としては、まず本登記請求権の存在を認容し、その上で清算の要否とその額を自ら定むべきである。

(被控訴人加藤あさ子、同名港工業合資会社、同東海工機有限会社代理人の主張)

一、原判決は、控訴人が奥村産業合資会社、奥村繁藤、被控訴人あさ子に対し、単独又は共同して、或いは奥村産業株式会社に対し、奥村繁藤、被控訴人あさ子を連帯保証人として、昭和三五年一二月二五日五一万円を貸付けたのをはじめ、しばしば金員を貸付けて来たが昭和三六年二月二三日頃、被控訴人あさ子との間でそれまでの同被控訴人らに対する貸金債権と、その後も更に同被控訴人らに貸与すべき貸金債権とを担保し、同被控訴人らが弁済できないときはそれまでの貸金元利金の総額をもって売買一方の予約を完結できる趣旨の合意が成立し、とりあえず、債権額を五〇万円として本件不動産に対する同日付売買一方の予約を締結しその旨の仮登記を経由したことを認定しているが、この認定は事実誤認である。

被控訴人あさ子は、控訴人から金を借りたり(単独、共同を問わず)、奥村産業合資会社の連帯保証人となったことはない。すべて奥村繁藤が被控訴人あさ子の名義を冒用してなしたものに過ぎない。

二、被控訴人あさ子は、奥村繁藤が控訴人から五〇万円を借入れるに際し、その所有名義の本件不動産をその貸金債権の担保にすることを承知したが、控訴人が繁藤に追貸したという一五〇〇万円余の貸金債権についてまで担保する旨合意したことはないし、勿論売買予約とか昭和三六年四月二三日控訴人との間で売買予約について、売買代金額について時価売買予約完結権の行使について貸金返済の見込みなきに至ったとき又は控訴人が一定期間を定め催告しその期間内に貸金を支払わなかったときにする旨約定したこともない。

三、しかして、被控訴人あさ子は、担保をつけることを承知したとはいえ、自己が債務者となり、本件不動産に仮登記や根抵当権を設定する意思はなかったし、又控訴人主張の債務も負担していない。控訴人を登記権利者としてなされている所有権移転仮登記および根抵当権設定登記は無効である。

四、仮に、被控訴人あさ子の担保提供の承諾により本件不動産につき控訴人が有する所有権移転仮登記や根抵当権設定登記が有効とされるとしても、その効力はあくまでも担保の目的を達する範囲に限定されるものである(被控訴人あさ子は、五〇万円について担保責任を負うことを承知したものであるから、控訴人の主張する一五〇〇万円余の金員については責任の範囲外である。)。ところで、控訴人が本件不動産の価値より右五〇万円の債権を回収するについて所有権移転を求めた場合に債権よりも不動産価値の方が大きければ清算する必要があるものの、本件不動産については、中央相互銀行の競売申立により競売開始決定がなされているのであるから、このような場合は、控訴人は同手続に参加して自己の有する債権の弁済を受けるべきであって所有権移転を求め、差額を清算するという方法をとることはできないものである(最高裁判所昭和四五年三月二六日判決民集二四巻三号二〇九頁以下参照)。

五、控訴人は、追貸金につき本件不動産に関する後順位権利者から否定されることが明らかなら追貸は絶対なされる筈がないとし、これは特別の事情であると主張するが、他人に貸金をなす者は、自己の責任において必要十分なる担保を確保するのが当然であって、右主張は自己の怠慢を他に転化するに過ぎず、特別の事情ではない。本件不動産に登記されている根抵当権の極度額は、五〇万円であり、これ以上の債権につき担保を確保しようと思えば、当初より或いは必要なときに極度額を増額して登記すべきことは明らかである。

六、また、昭和四九年一〇月二三日の最高裁判所大法廷判決によれば、競売手続と仮登記担保権の関係については、競売手続が先行している場合には、仮登記権利者は民事訴訟法或いは競売法に基いて競売手続への参加ができ、これによって目的を達することができる以上、仮登記権利者としては、原則として競売手続によるべきだとし、手続着手時期の早い方を優先させることとなったのである。

七、本件においては、控訴人の権利実行着手は、訴状受理日たる昭和四三年五月二八日であるが、前記競売手続としては、昭和四一年一二月一五日株式会社中央相互銀行の強制競売の申立登記がなされ、昭和四二年には被控訴人近畿相互銀行の記録添付がなされていることは証拠上明らかであるから、控訴人の本件仮登記担保権は右競売手続によってその実現を図るべきである。(被控訴人株式会社近畿相互銀行代理人の主張)

一、代物弁済は、要物契約であって、代物弁済として不動産の所有権を移転する場合、当事者がその意思表示をなすだけでは足らず、登記その他引渡行為を終了し、法律行為が当事者のみならず第三者に対する関係においても終了しない以上代物弁済は成立しない(最高裁判所昭和三九年一一月二六日民集一八巻九号一九八四頁)。少くとも登記手続に必要な書類一切を渡した時点で代物弁済が成立する(名古屋高裁昭和四〇年一一月三〇日判決下民・一六巻一一号一七四九頁)。従って、代物弁済予約による仮登記上の債権者が予約完結権の行使によって目的物の所有権が移転するとしても、公示されないこと(本登記未了)による抵当権者等第三者との関係について考えるに、抵当権に優先する仮登記があっても本登記がなされないうちは(代物弁済は未成立であるから)抵当権の目的物は債務者又は担保権者の所有であり、抵当権者は競売の申立をなし得る。

二、仮に控訴人主張の如く、完結権の行使によって代物弁済が成立し、即時効力が発生し抵当権の目的物の所有権が控訴人に移転したとしても、本登記未了の間は、抵当権者である被控訴人に所有権移転を対抗できない。

三、完結権を行使した仮登記権利者が前記の不利益を回避するには競売開始決定以前に抵当権実行禁止の仮処分をなすべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

第一被控訴人加藤あさ子、同株式会社近畿相互銀行、同吉田令子に対する本登記手続請求およびその承諾請求並びに抹消登記手続請求について

一、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は奥村産業合資会社(のちに被控訴人名港工業合資会社と商号変更)、奥村繁藤(被控訴人加藤あさ子の亡夫)に対し、単独又は共同して或いは奥村繁藤、被控訴人加藤あさ子(旧姓奥村―以下被控訴人あさ子という。)を連帯保証人と称して、昭和三五年一二月二五日に金五一万円を貸付けたのを初めとして、屡々金員を貸付けてきたが、同三六年二月二三日それまでの被控訴人あさ子らに対する債権とその後も更に貸与すべき貸金債権を担保し、同被控訴人らが弁済不能のときは、(それまでの貸付金の元利金の総額をもって)売買の一方の予約を完結でき、かつ後記建物を明渡す趣旨の合意のもとに取りあえず代金額を五〇万円として、被控訴人あさ子所有にかかる原判決別紙物件目録記載の土地、建物(以下本件物件という。)につき売買予約の約定を締結し、同年三月一日本訴請求の趣旨二項の(1)記載の所有権移転の仮登記を経由したこと、また同年二月二三日付手形割引・手形貸付・証書貸付契約に基づく貸金債権を担保するため、本件物件につき元本極度額金五〇万円の根抵当権設定契約が控訴人と被控訴人あさ子との間に締結され、控訴人のため同年二月二七日根抵当権設定登記が経由されていること、その後控訴人は昭和三九年九月二七日到達の内容証明郵便で被控訴人あさ子に対し、貸付元金一一五九万円を同年一〇月五日までに完済するよう催告し、もし右期日に履行しなかったときは右貸付元金をもって本件物件の売買を完結しかつ本件物件の退去明渡を求める意思表示をなしたこと(この事実は、被控訴人株式会社近畿相互銀行を除くその余の被控訴人には争いがない。)、なお、この間、奥村産業、奥村繁藤、被控訴人あさ子において、控訴人からの貸付金(金額に争いがあることは別として)の元利金の支払いをしたことはなかったこと、本件物件の価額は、少くとも昭和三六年二月頃で約二〇〇万円、同三九年九月頃で七〇〇万ないし八〇〇万円であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

なお、控訴人は昭和三六年四月七日、被控訴人あさ子との間において、再度前記売買予約について、売買代金は売買完結時の本件物件の時価とし、売買完結権の行使については、貸金返済の見込なきに至ったとき、又は控訴人が一定の期間を定めて催告し、その期間内に貸金を支払わなかったときにする旨約定したと主張するが、本件全証拠をもっても右事実を認めることはできない。

二、≪証拠省略≫によると、被控訴人あさ子は前記控訴人の予約完結の意思表示に対し、折返し昭和三九年一〇月六日付内容証明郵便をもって貸金額に喰いちがいがあるので明確にしてほしい旨通告したが、控訴人からその回答を得られなかったばかりかその後本件物件の鑑定等評価もなされないままに徒過したことが認められる。

三、被控訴人株式会社近畿相互銀行(以下被控訴人近畿相互という)が本訴請求の趣旨二項の(2)に掲げる抵当権設定登記を被控訴人吉田令子が本訴請求の趣旨二項の(3)、(4)に掲げる各抵当権設定登記をそれぞれ経由したことについては、いずれも当事者間に争いがなく、右各登記がいずれも控訴人主張の仮登記に後れてなされていることも記録上明らかである。

四、≪証拠省略≫によると、昭和四一年一二月一四日、訴外株式会社中央相互銀行が名古屋地方裁判所から被控訴人あさ子所有の本件物件につき強制競売開始決定を得、同日強制競売申立の登記を経由したこと、その後被控訴人近畿相互が昭和四二年六月九日任意競売の申立をなし、右強制競売事件に記録添付されていることが認められる。そして、右競売手続が現に名古屋地方裁判所に係属しているものの、その進行が控訴人の申請した仮処分によって停止されていることは、当裁判所に顕著である。

五、以上の各事実を併せ考えると、控訴人主張の売買予約は、本来の売買の予約ではなく、控訴人の金銭債権の満足を確保することを目的とするいわゆる仮登記担保契約であることが認められ、その内容は、原則として債務者の債務不履行のため債権者が予約完結の意思を表示したとき、債権者は目的不動産を処分する権能を取得し、当該不動産を適正に評価された価額(本件の場合、本訴事実審口頭弁論終結時における適正な時価)で確定的に自己の所有に帰せしめるという換価方法により、その評価額から自己の債権の弁済を得るのであって、その評価額が右債権額および換価に要した相当費用の合計額を超えるときは、超過分を清算金として債務者に交付することを要する。しかして、債権者は右のような換価手続の一環として、債務者に対しては仮登記の本登記手続ないし目的不動産の引渡を、登記簿上利害関係を有する後順位の抵当権者らに対しては本登記の承諾請求を求めうるところ、その権利の実行として訴訟により仮登記の本登記手続又はその承諾を請求する前に既に第三者の申立により目的不動産につき法定の換価手続である任意競売または強制執行手続が開始されているときは、債権者は、右の請求をすることは、原則として許されず、手続上可能なかぎり、仮登記担保権者において、みずから右不動産の換価処分を実施することに代えて、右の競売による換価手続に参加し、その手続内において換価金から自己の債権の満足をはかることもできるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年一〇月二三日大法廷判決民集二八巻七号一四七三頁参照)。

これを本件についてみるに、本訴は控訴人が前示売買完結の意思表示によって本件物件の所有権を取得したことを前提に、被控訴人あさ子に対しては仮登記に基づく本登記手続を、被控訴人近畿相互、同吉田令子に対しては前示各抵当権設定登記が右仮登記に後れるものであることを理由に不動産登記法一〇五条により、仮登記に基づく本登記手続をなすことの承諾を求めるものであるところ、控訴人が本訴を提起したのは昭和四三年五月二八日であることは記録上明らかである。しかして、前記認定事実によれば、控訴人の本訴提起以前の昭和四一年一二月一四日には本件物件につき訴外中央相互銀行の申立によって強制競売手続が開始され、引き続いて昭和四二年六月九日に被控訴人近畿相互の競売申立による記録添付がなされていることが認められるので、かかる場合においては、控訴人は右競売手続に参加し、その手続内においてのみその債権の優先弁済をはかり得るのであって、右手続を排除して自己の処分権の行使によって債権の満足をはかることは許されないというべきである。従って、そのためにする被控訴人あさ子に対する本登記手続請求並びに被控訴人近畿相互および同吉田令子に対する本登記の承諾請求も特段の事情がない限り許されないものといわなければならない。

六、ところで、控訴人は本件売買一方の予約をなした後も被控訴人あさ子らに対し、継続的に追貸しを続け、本件物件の時価が総貸金額と対当額になるまで貸与していたのであって、後順位権利者から右追貸金につき否定されることが明らかならば追貸しは絶対にしていないので、本登記手続およびその承諾を求める特別の事情があると主張する。

そこで右主張につき検討するに、前掲最高裁判所大法廷判決は、本件のような場合には原則として先行の競売手続を排除することができないとしながら、例外的に競売手続の排除を求めうる正当な法的利益を有する場合として、(1)換価後の清算を必要としない場合、(2)自己の責に帰することのできない事由により右手続内において債権の弁済を受ける機会を失った場合、(3)競売手続が長期にわたって停止し、迅速な債権満足をうる見込がない場合等を挙げている。控訴人の主張は、目的物たる本件物件の価額と債権額が合致している趣旨に理解されるので、前記(1)の場合を主張するものと解せられる。

しかして、仮登記担保権者は、目的不動産につき後順位権利者があるときは、当該債務者に対して被担保債権以外に別の金銭債権を有する場合でも清算金から右債権の弁済を得ることができないのはもちろん、その債権をもって自己の負担する清算金支払債務と対当額において相殺し、清算金から直接右債権の弁済にあてると同様の効果を生ずることも許されないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年九月九日第三小法廷判決・裁判所時報六七五号参照)。これを本件についてみるに、前記認定の事実によると控訴人は被控訴人あさ子に対し本件売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由した当時の金五〇万円およびこれに対する弁済期の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の被担保債権を有し、その範囲内において本件物件につき仮登記担保権を取得するが控訴人主張のその余の債権は後記のごとく本件仮登記担保権の被担保債権には属しないのであるから、これをもって自己が被控訴人あさ子に対して負担する清算金支払債務と対当額で相殺することは勿論、被控訴人あさ子との間において、被担保債権の範囲に繰入れる約定をなすことも後順位抵当権者である被控訴人近畿相互、同吉田令子との関係においては許されないものといわなければならない。

しかのみならず、控訴人が被控訴人あさ子らに追貸ししたとする前記五〇万円を超える金額の債権については、被控訴人あさ子に対する関係では存在しない。つまり、≪証拠省略≫によると、奥村産業および奥村繁藤が単独又は共同で控訴人から控訴人主張の各金員を借受け、奥村繁藤が奥村産業又はその商号変更後の東海工機有限会社のため連帯保証をした旨の手形行為が記載された、右甲第一号証の一ないし四四の各手形の振出人らん又は裏書人らんに被控訴人あさ子の署名押印が顕出されていることが認められる。しかし、≪証拠省略≫によると、右被控訴人あさ子の署名は、当時奥村産業の事務員であった加藤勇が奥村繁藤に命ぜられて記載し、奥村あさ子名下の印影も右加藤勇が押捺し、いずれも被控訴人あさ子の意思に基いてなされたものでないことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実によると、被控訴人あさ子が、前記五〇万円を超える控訴人主張の金額につき、自ら債務を負担したり、奥村産業(又は商号変更後の東海工機有限会社)ないし奥村繁藤のため連帯保証をしたことはないことが肯認できるので、この点からしても控訴人の前記主張は理由がない。

更に、本件は債権者たる控訴人が、債権保全の手段として、売買予約の完結権の行使および(根)抵当権の実行という二つの手段のうち、任意の一手段を選択しうる地位にあるが、右根抵当権の極度額は五〇万円であり、同時期頃に締結された売買予約の仮登記に金額は現われていないものの、前掲甲第二号証(売買予約証書)に記載の金額も五〇万円であるから、第三者において本件物件の被担保債権額は五〇万円であると信ずるのは当然と考えられ、それ故にこそ控訴人の仮登記および根抵当権設定登記に後れて、被控訴人近畿相互および同吉田令子が本件物件に前記各抵当権設定登記を経由したものとも思料される。従って、控訴人において、仮に被控訴人あさ子に対し、五〇万円以上の債権を有していたとしても、その弁済を確保するためには、当初より或いは必要な時に極度額を増額してこれを登記すべきであり、被担保債権の追加増額もその登記をしなければ、第三者には対抗できないものといわなければならない。しかのみならず、いやしくも他人に貸金をなす場合、特にそれが高額であれば自己の責任において必要十分な担保を確保するのが当然であって、控訴人主張の金員には前記売買予約締結後に新たに貸付けしたとする金員も多く含まれていることなど考慮すると、控訴人の前記主張は自己の怠慢を他に転嫁するに過ぎず、特に自己固有の権利の実行について正当な法的利益を有する場合に当らない。なお、本件物件に対する競売手続が長期にわたって停止していることは当裁判所に顕著であるが、これは控訴人の競売手続停止を求める仮処分申請に基く決定によるものであり、控訴人からも迅速な債権満足を得る見込がないことにつき何らの主張もないので、斟酌のかぎりでない。

七、そうすると、控訴人の被控訴人あさ子に対する本件仮登記の本登記手続並びに被控訴人近畿相互、同吉田令子に対する右本登記の承諾請求はいずれも許されないのであって、これを前提とする被控訴人近畿相互および同吉田令子に対する各抵当権設定登記の抹消登記手続請求はいずれも理由がないものといわなければならない。

第二被控訴人あさ子、同東海工機有限会社、同名港工業合資会社に対する家屋明渡並びに損害金請求について

ところで本件のように所有権移転予約形式の仮登記担保権を有する債権者が債務者の履行遅滞を理由として予約完結権を行使した場合でも、債権者において清算金を支払う必要があり、債務者においてその支払があるまで目的不動産についての本登記手続義務の履行を拒みうるときは、目的不動産の所有権は、右予約完結権の行使により直ちに債権者に移転するものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年七月一七日第一小法廷判決判例タイムズ三二七号一七八頁参照)ところ、本件においては前記甲第二号証による予約完結権の行使が五〇万円の範囲で有効であるとしても、清算金の支払があるまで債務者たる被控訴人あさ子においてその本登記手続義務の履行ないし引渡を拒むことができる場合であって、本件物件の所有権がいまだ控訴人に移転されていない以上、控訴人に本件物件の所有権があることを前提に被控訴人あさ子、同東海工機有限会社、同名港工業合資会社に対し、本件物件の明渡および損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないので失当である。

第三結論

よって、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも失当として棄却すべきものであって、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は棄却することとし、控訴費用は民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 寺本栄一 大山貞雄)

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